和歌山県岩出市で、不動産と注文住宅を手がける紀北地所株式会社。

紀北エリア(岩出市・紀の川市・和歌山市・橋本市)高性能住宅を軸とした家づくりを行い、2026年には新たな住宅ブランド「Val Design Works」を立ち上げました。

しかし、もともとの紀北地所は家を建てる会社ではありませんでした。

父と姉の二人で営む、地域の不動産会社。土地を開発して販売し、家を建てたいお客様がいれば知り合いの工務店を紹介する。それが当時の仕事でした。

そこから自社で建築を始め、住宅性能を追求し、地域に根ざした家づくりへ。

約20年をかけて紀北地所はどのように変わってきたのか。

代表の山本さんに、これまでの歩みとこれからについて話を聞きました。

家族が営む、町の不動産屋から

山本さんは住宅業界に入る以前、モータースポーツの世界にいました。

その後、住宅業界へ転身。地元の不動産会社で営業だけでなく現場にも足を運び、住宅や建築について経験を積んでいきました。

そして、そこで学べることを一通り吸収したと感じたタイミングで紀北地所へ戻ります。

「不動産もやりたかったし、建築もやりたかったんです」

実は、当時の紀北地所には建築工事は請け負っていませんでした。

土地のみを販売し、建築の希望があれば別の工務店を紹介するだけ。

山本さん自身、紹介先の住宅会社が手がける家に対して、納得できない部分もあったといいます。

そこで、自分たちで家を建てることを決めました。

大工、電気、設備、内装など、住宅業界で働いていた頃に知り合った職人の中から「この人にお願いしたい」と思える人へ、一人ずつ声をかけていきます。

「前の会社にいた頃から、職人さんとのつながりはずっと持っていました。『山本ちゃん、しんどかったら言うてよ』って言ってくれていた人もいたので、戻ってからすぐに集まってくれました」

仕入れ先やプレカット会社とも新しく取引を始め、自社で住宅を建てられる環境を整えていきました。

今では当たり前のように情報発信をしていますが、当時はホームページすらありません。

何もない状態から、紀北地所の建築事業は始まりました。

お客様の家で感じた「暖かさ」が転機に

建築を始めた当初から、山本さんは設備や素材には強くこだわっていました。

キッチンや水まわり、フローリングなど、一般的にはオプションになるようなものも積極的に採用。

せっかく建ててもらうのであれば、できるだけ良いものを提供したいという考えがあったからです。

これは現在も変わってはいません。

しかし、家づくりの考え方を大きく変える出来事が起こります。

あるお客様から「吹付断熱を使いたい」と相談されたことでした。

当時は断熱について、今ほど深い知識があったわけではありません。

それでも要望に応えるために調べ、実際に施工しました。

そして冬になり、その家を訪れたときに感じたのが「暖かさ」でした。

「自分たちが今までつくっていた家と全然違ったんです。それで、ちょっと待てよと思って。そこから断熱を勉強し始めました」

そこから吹付ウレタンやセルロースファイバーなど、さまざまな断熱方法を試します。

一時期は壁や天井だけでなく、床にもセルロースファイバーを施工したことがあったそうです。

ただ、断熱性能だけを高めればいいわけではないことにも気づきました。

いくら断熱しても、隙間が多ければ熱は逃げる。

気密性能を高める必要がある。

さらに気密を高めるなら、換気についても考えなければならない。

断熱、気密、換気。

試行錯誤を重ね、現在のスーパーウォール工法へたどり着きました。

「そこからはお客様の声が全然違いました。『快適』『省エネ』っていう言葉を聞くようになりました」

建築を始めてすぐに現在のスタイルができたわけではありません。

約10年をかけてさまざまな方法を試しながら、現在の家づくりのベースがつくられていきました。

紀北地所が考える「いい家」

では、山本さんが考える「いい家」とはどんな家なのか。

質問すると、返ってきた言葉は「資産価値として残せる家」でした。

ただし、ここでいう資産価値は売却価格だけを指しているわけではありません。

安心して暮らせる。

安全である。

快適である。

健康でいられる。

そして、自分たちの好きなものに囲まれ、家に帰ったときに落ち着ける。

さらに、その家を自分たちの世代だけで終わらせず、次の世代へ残していける。

そうしたものをすべて含めて、山本さんは「資産価値」と考えています。

紀北地所が掲げる「住宅の常識を変える」という言葉も、この考え方につながっています。

「今までの日本の家づくりって、20年、30年、40年先まで考えたものが少なかったと思うんです。建てたときがピークで、そこから価値がどんどん落ちていく。そういう常識は変えていかないといけない」

和歌山は温暖な地域というイメージがありますが、冬は寒く、夏は暑い。

さらに今後は、夏の暑さへの対策がより重要になると山本さんは考えています。

現在の気候だけを見て住宅をつくるのではなく、この先の環境まで見据えて家をつくる。

そのためには、つくる側も学び続ける必要があります。

「僕らも日々進化していかないといけない。同じものをずっとつくるんじゃなくて、良いものは取り入れて、お客様に提供していきたい」

お客さまと人生を共にする

お客様との家づくりで最も大切にしていることを聞くと、山本さんはこう答えました。

「そのお客さんと、人生を共にすることかな」

住宅会社とお客様が頻繁に顔を合わせるのは、一般的には契約から引き渡しまでです。

しかし、家は引き渡してから何十年も使われます。

「建てた後の付き合いの方が長いですから。その人の人生を背負うというと大げさかもしれないけど、それくらいの気持ちでやっています」

だからこそ、誰からでも仕事を受ければいいとは考えていません。

お客様が住宅会社を選ぶのと同じように、会社側も、お互いに納得して一緒に家づくりができるかを大切にしています。

「どの会社でやるかも大事ですけど、誰とやるかっていうのも、すごく大切やと思います」

その考え方は、実際のお客様との関係にも表れています。

以前、紀北地所で建てた家に小学生として暮らしていた子どもが大人になり、結婚し、今度は自分の家を紀北地所へ依頼してくれたケースもありました。

結婚式に呼ばれたり、地元の店や子どもの学校でOB客と顔を合わせたりすることもあります。

家を建てて終わりではなく、その後も同じ地域で関係が続いていく。

地域の住宅会社ならではの距離感です。

地域工務店は「よろず屋」でいい

大手ハウスメーカーや県外の住宅会社が地域に入ってくる中で、地域工務店だからこそできることは何なのか。

山本さんは迷わず「よろず屋」と答えました。

「地域の相談所やな」

紀北地所は新築だけを扱っている会社ではありません。

土地を買う。

家を建てる。

リフォームする。

不動産を売却する。

賃貸住宅を探す。

相続について相談する。

住まいや不動産に関わることであれば、さまざまな相談に対応できます。

OB客だけでなく、その両親や子ども、親戚から相談を受けることもあります。

もともと不動産会社としてスタートし、その後に建築を加えた紀北地所だからこそできることです。

大手のような知名度では勝てない。

一方で、何かあったときにすぐ動けること、小回りが利くこと、顔の見える関係をつくれることは地域企業の強みです。

「岩出市で何かあったら、とりあえず紀北地所に聞いてみよう。そう思ってもらえるようになれたらいいですね」

新ブランド「Val Design Works」を立ち上げた理由

2026年、紀北地所は新たな注文住宅ブランド「Val Design Works」を立ち上げました。

新しいブランドをつくった理由について聞くと、山本さんは「紀北地所の建築をもっとメジャーにしたかった」と話します。

紀北地所という名前から、多くの人が最初に想像するのは不動産会社です。

実際に不動産は現在も大切な事業ですが、その一方で約20年にわたって建築にも取り組み、住宅性能や設計、施工体制を磨いてきました。

それでも「紀北地所=注文住宅」というイメージは十分に浸透していませんでした。

そこで、不動産会社としての紀北地所と、注文住宅のブランドを明確に分けることにしました。

それがVal Design Worksです。

「Val」はValue。

価値を意味します。

家そのものをデザインするのではなく、そこで過ごす暮らしの価値をデザインする。

紀北地所がこれまで大切にしてきた「資産価値として残る家」という考え方を、より明確に表現したブランドです。

モータースポーツの経験から生まれた「Works」

ブランド名の「Works」には、山本さん自身の原点も関係しています。

住宅業界に入る以前、山本さんがいたモータースポーツの世界には「ワークスチーム」という存在があります。

メーカーを代表するトップクラスの技術者やスペシャリストが集まり、一台のマシンをつくり上げるチームです。

山本さんは、その姿を現在の家づくりにも重ねています。

紀北地所へ戻って建築を始めたときも、自分が信頼できる大工、電気、設備、内装などの職人を一人ずつ集めました。

現在はそこに社員や新しいメンバーも加わっています。

「一個一個はすごいパーツなんです。それが積み重なって、全部が噛み合ったときに、すごいものになる」

誰か一人が家をつくるのではありません。

それぞれの分野に強い人が集まり、一つのチームとして一邸の家をつくる。

Val Design Worksの「Works」には、山本さんがモータースポーツの世界で見てきた、プロフェッショナルが集まるチームへの考え方が込められています。

20年経って、ようやく「ここから」

山本さんが紀北地所へ戻った頃は、建築の体制もなく、銀行から思うように資金を借りられない時期もありました。

将来の大きな構想を描くというより、目の前にある課題を一つずつクリアしていく。

そんなところからのスタートでした。

約20年が経ち、自社で家を建てる体制ができ、住宅性能の方向性も定まり、社員や職人のチームもできてきました。

そして、新しい事務所も完成しました。

「20年前は、ここまでになるとは思ってなかったですね。目先のことで精一杯やったから」

これから目指すのは、20年、30年、40年と地域に残り続ける会社です。

新築住宅だけに限定するのではなく、不動産や建築を通じて、地域に必要なことをやっていく。

山本さんの話は、住宅だけでなく、土地の活用や人が集まる場所、まちづくりの話へも広がっていきました。

新しい事務所を完成させた今の気持ちを聞いたとき、山本さんから出てきたのは意外な言葉でした。

「やっとスタート。ここからですね」

建築を始めて約20年。

その20年でつくってきたものを土台に、紀北地所とVal Design Worksの次の歩みが始まろうとしています。

言葉に責任を持ち、地域に残り続ける

取材の最後、山本さんは「覚悟」について話してくれました。

家を建てるお客様は、大きなお金とこれからの人生をかけて住宅会社を選びます。

その思いを受け止める側にも、同じだけの覚悟が必要です。

「自分の言葉に責任を持って、言葉に思いを乗せることですね」

山本さんが好きな言葉の一つが「言霊」です。

こうなりたい。

こんなことをやりたい。

こういう会社にしたい。

頭の中で考えるだけではなく、言葉にして周囲へ伝える。

新しい事務所をつくることも、以前から何度も口にしてきました。

そして今、それが現実になっています。

町の不動産屋から始まり、自社で家をつくるようになり、約20年。

次に始まったのがVal Design Worksです。

紀北地所が目指しているのは、単に多くの家を建てる会社ではありません。

家を建てた後もお客様と付き合い続け、住まいや不動産について何かあれば相談してもらえる。

そして、20年、30年、40年先にも、この地域にいる。

紀北地所が考える「地域に残り続ける会社」とは、そんな存在なのだと思います。